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南宋寺と三好一族を中心とした街おこし 堺・ちくちく会

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堺・ちくちく会とは?

ちくちく会って何するの!

1.歴史的人物(三好長慶とその一族)と歴史的遺産(堺幕府)の検証、又これらに関与した寺院の景観を守り育て、広く府市民に伝えることにより事実の再認識を目指し、更に四国、近畿一円で三好一族でまちおこしをしている団体との連携で近畿から全国へむかって「いつまでも戦国天下人は織田や、豊臣、徳川ではあるまい。、、、その前に三好堺幕府が存在」をしていたことをこの地域から発信する。

2.活動と実現のための仲間づくり名利南宗寺は三好長慶が建立した父元長の菩提寺である。2030年の集大成をめざして南宗寺を活動拠点に定め環境を保全し、認知度を高めたまちづくりを目指す。お年寄りから子供たちまで参加できる定期的な行事を復活し、三好一族が中世に確立した賑やかな自治自由都市、堺を復元する。具体的には、南宗寺を点とし大道筋を結ぶ線から面へのまちづくりを構想し地域活性化をはかる。

ASA(阿波・讃岐・淡路・堺)トライアングル
~南海道で結ぶ近畿はひとつ!~
甦る堺幕府の樹立            

2030年 お年寄りから子供達まで「みんなが わくわくする街づくり」を目指します

お年寄りを支える

安心・信頼の
「おせっかい社会」の復権(ネットワーク形成)

劇場に行くと仲間ができる

お寺茶道茶道劇場コンサート劇場お見合い劇場

世話焼き歴史劇場劇場都市「堺」元気な街「堺」

寺小屋劇場ラブ・サウンズ

三好長慶 南宗寺

仁徳天皇御陵劇場

お茶・禅を通じた「賓主互換」

⇒ 「他人への思いやり」醸成

活動の道筋我々は練る・知る・見る
2010年
2020年
2030年

( ベクトル合わせ)( ホップ)( ステップ)( ジャンプ)

【仲間づくり】(点⇒線⇒面)

拠点:南宗寺<南旅篭町>

( ①三好長慶が建立)

三好長慶会( 戦国天下人)

・伝統技の町<北旅篭町>( 線香・刃物)

・顕本寺( 堺幕府本拠・②三好元長< 長慶の父>

・妙国寺( ③三好義賢< 長慶の弟> が開基
大道筋<紀州街道

チンチン電車?

NHK 大河ドラマ実現に向け協力

⇒ 堺に人が集まる( 堺の観光都市化)

【市民運動】

三寺院に①②③銅像建立(2015年に顕本寺に元長像・妙國寺に実久像原型坐像完成・贈呈式終える)

⇒ 堺の名所化自走お年寄りから

感謝され・頼りにされる

新企画

お年寄りから子供達まで

わくわくする街へ

お年寄りは

感動し・感激する

我々は

やる

拠点ネットワーク化

による

観光資源化

「歴史劇場」の場合

行政も巻き込み 持続的展開

20年活動のモットー

焦らず・急がず「ちくちく」 と、プロセスも楽しく

南宗寺をべースにした賑わいの展開(街起こし)

まずこのビデオをご覧ください

代表世話人 竹内 魁成 談

本年度のトピックス

4月5日(水)花の下連歌(南宗禅寺連歌会)
南宗寺甘露門前にて 13:30~16:00

6月25日(日)第6回元長忌~自由都市堺・戦国三好一族~
三好元長485遠忌忌並びに講演会 講師:吉田 豊氏 開催場所:顕本寺

7月1日(土)三好長慶公453遠忌「第3回さかい三好まつり」法要・奉納演舞
南宗寺甘露門前
講演会:南宗寺方丈。11:00~
1.「堺と牡丹花肖柏」鶴﨑裕雄先生(帝塚山学院大学名誉教授)
2.「初心者のための連歌実践講」山村規子氏(平野図書館)

9月16日(土)第6回歴史ウォーク「堺極み」打ち刃物・「茶の湯体験」北旅篭町界隈10:30~14:30
南海本線七道駅集合10:15
海船政所前~榎並刃物製作所~堺伝統産業会館~茶席(茶寮つぼ市製茶本舗店)

10月15日(日)堺まつり:大小路シンボルロード

11月4日(土)・5日(日)徳島県三野市三野町
開催場所・三野体育館及びグランド

11月12日(日)第8回秋の公開学習会
イベント情報にて掲載

12月31日(日)南宗寺鐘楼:除夜の鐘「幸せ巡り」
甦った南宗寺にて南宗禅寺連歌会に一緒に参加

主催:堺・ちくちく会 共催:南宗禅寺奉讃会・第二のふるさとふれあい会

後援:堺 市・堺市教育委員会・公益社団法人堺観光コンベンション協会 NPO法人堺観光ボランティア協会・徳島県人会近畿連合会・三好長慶会・三好芥川城の会・NPO法人摂河泉文化研究所・献本寺・大東・三好長慶

協賛:株式会社つぼ市製茶本舗・大阪ベイプラザホテル・三原染工株式会社・株式会社材庄・株式会社ナイスファミリー・水ノ上公認会計税理士事務所・NPO法人ピクチャーポケット

当会最大の事業・三好長慶坐像建立除幕式 ~三好物語の始まり始まり

日時:平成26年7月6日(土)

三好長慶公坐像 南宗寺に建立!!「堺・ちくちく会」の念願叶う

[堺 南大阪の地域情報 つーる・ど・堺] 取材掲載より

"戦国天下人三好長慶"の坐像をゆかりの深い南宗寺にと、『堺・ちくちく会』が中心になって寄付を集め、目標としていた座像建立がついに成就します。畿内を抑えて天下人への階段を昇り、堺の発展にも大きく寄与した武将にして文化人・三好長慶がようやく脚光を浴びようとしているのです。
2014年7月6日の坐像建立除幕式は晴天にも恵まれ、多くの堺市民がかけつけました。
画像の説明

▲南宗寺の境内に人が溢れ、メディアの姿もありました。

▲イラストレーターの山本ゾンビさんデザインの記念のTシャツ販売も。飯盛山城は三好長慶の居城のひとつ。大東市/四条畷市にあります。
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感無量の除幕式

列席者は堺外からも三好家ゆかりの人々が集まっています。三好一族を代表して三好正之さん、それにまだ初々しい16代当主の姿。「三好長慶会」からは著書も多い出水康生さん。居城・芥川城のあった高槻からは「三好芥川城の会」の大和實さん、「徳島県人会近畿連合会」からは木岡清さん。
堺市からも狭間副市長をはじめ、作者である彫刻家の岡本哲伸さん、「堺観光コンベンション協会」、「堺観光ボランティア協会」「少林寺校区自治連合会」の方々の姿がありました。

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▲甘露門を背に三好家や堺のゆかりの列席者。

長年地道な努力を積み重ねてきた「堺・ちくちく会」の代表世話人・竹内魁成さんが主催者挨拶でマイクを握りました。
「老師様のお許しをいただいて、重要文化財の甘露門の前に三好長慶公の坐像を建立することができました。おかげでお布施をさせていただき、徳を積ませていただきました」
と、竹内さんは感謝の言葉を述べます。「堺・ちくちく会」は大きな団体や企業に頼るのではなく、あくまでも市民たちの有志による建立を目指し、粘り強い周知活動をしてきました。
「450名からの寄付により建立することが出来ました。6月までに寄付していただいた方のお名前は坐像台座の後ろのパネルに刻まれています。6月以降に寄付された方のお名前は年末までお待ちください」
三好長慶公の坐像建立は「堺・ちくちく会」にとっては通過点で活動はこれからも続きますが、大きな節目であることは確かでした。竹内さんは清々しくあいさつを締めました。
「ごきげんよう。さようなら」
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堺・ちくちく会」の竹内さんはずっと満面の笑みでした。

そしていよいよ除幕式です。

晴れ晴れしい顔の列席者が揃って幕を引き、ついに三好長慶公が姿を現しました。
京都と堺に残っていた肖像画をもとにした、凛々しくも知性の感じられる顔立ち。武人であると同時に文人でもある最初の戦国天下人・三好長慶がこうして蘇ったのです。

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▲凛々しい姿を見せた三好長慶公に入魂式。

長慶公の前で「堺・ちくちく会」の世話人・崎田公明さんから、南宗寺の住職・田島碩應老師に目録の贈呈が行われると、入魂式が始まります。
田島老師の、献茶・廻向読経が滞りなく行われました。

田島老師は坐像建立の経緯や意義について語られました。
三好長慶公坐像の建立は私によるものではありません。堺市民、『堺・ちくちく会』が先頭をきって活動した結果です。先頭しかいませんでしたが」
道なき道を切り開いてきた「堺・ちくちく会」の活動を冗談まじりに讃える言葉に笑いが起きます。
三好長慶は文人にして武人であると同時に宗教人でもありました。寺社勢力と結びつきの強かった三好長慶を、徳川は一番嫌っていた」
だから徳川氏が天下を制した江戸時代に、三好の業績は不当な扱いを受けていたのではないか。しかし三好長慶のお蔭で茶道が発達した事実は覆すことはできません。
「もし、堺に茶道がなかったら、堺は味気ない町だったでしょう。茶道は他の町で発達したかもしれませんが、今の堺と違う形だっただろうと思うと鳥肌が立ちます」

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南宗寺のご住職、田島老師。

すずめ踊りと阿波踊りの競演!

除幕式会場の境内に賑やかなお囃子が鳴り響きました。
現れ出たのは少林寺町の「堺のすずめ踊り 仲囲巣連」の舞手たち。おそろいのハッピにメリハリのきいた動き。
舞いの奉納が始まりました。

すずめ踊りは、江戸時代初期に伊達政宗が仙台城を改修する際に、連れて行った堺の石工たちが祝いの席で踊ったのがはじまりとされています。近年、堺に里帰りをし、数多くの連が生まれました。その中で仲囲巣連が祝いの席で舞ったのにもわけがあります。
仙台へ向かったのは仲囲巣連のある少林寺町付近に住んでいた石工で、その石工も元々は阿波(徳島)と縁のある石工ではないかという説があるのです。
三好氏は堺の発展に大いに寄与したわけですから、そんなつながりがあってもおかしくありません。阿波踊りとすずめ踊りの間にも三好を媒介にDNAが伝承されているのかもしれません。

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キレのある「仲囲巣連」のすずめ踊り。

と、すずめ踊りに続いて石畳の向こうから阿波踊り「南大阪連」の皆さんの登場です。すずめを模した瑞々しさのあるすずめ踊りに対して、阿波踊りは熟成した優雅さを感じさせられるでしょうか。
なんとも心浮き立つお囃子に踊り。三好一族代表の三好正之さんや、竹内さんらもたまらずにその場で踊りだしました。

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新パワースポットに

賑やかな踊り手たちが行き過ぎると、「お拭い」が行われました。
田島老師が入魂された三好長慶像を布でぬぐいます。
「みなさんもどうぞ。体の悪い所と同じ所を拭うと良いですよ」
三好長慶の力にあやかろうと布を片手にした列ができます。堺の新たなパワースポットの誕生です。
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除幕式を終えられた方々にお話を伺いました。田島老師は、気さくにコメントをくださいました。
「堺の文化的発祥はあの時代です。『堺・ちくちく会』は実にいいところに目をつけたと思います。これで終わりではなく、これから第二幕がはじまるのです。今日は、徳島と堺市が一緒になった。輪になったことが良かったですね」
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徳島から参加の吉成昌彦さんは、三好本の著者出水さんと共に「三好長慶会」に参加して15年にもなるそうです。
「15年間、この日が来るのを楽しみに待ち続けてきました。三好長慶公の坐像第一号がようやく出来ました。それも重要文化財の目の前に出来るなんて」
と感慨もひとしおのようでした。
大阪の高槻「三好芥川城の会」の秋田さんは、
「こんな立派な坐像が出来るなんて、さすが堺ですね」
と感心しきり。長慶が息子に譲った芥川城のある高槻にも続いてもらわねばならないでしょう。
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堺市の副市長・狭間恵三子さんも大きな期待を寄せていました。
三好長慶という人を堺の人や堺の子ども達にもっと知って欲しいですね。三好長慶坐像の建立を、堺幕府や南宗寺の成り立ちを知るきっかけにして、450年の歴史のゆかりや色んな堺の魅力を発信していければと思います」

三好長慶の残した文化遺産は、目に見えないものも含めて堺という町の血肉になっており、またその後の日本に大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。その業績に比べて注目度は低いものでしたが、歴史上での再評価を堺からはじめていく。その第一歩となる坐像建立だったのではないでしょうか。
「三好三代の坐像をそれぞれゆかりの堺のお寺に置くことで、堺のお寺さんをつなぎ、堺の活性化への礎にしたい」
という「堺・ちくちく会」の更に大きな夢への第一歩でもありました。

オデッサ「堺」⇒世界の目的地は「堺」

平安時代中期の小さな漁村からスタートした「堺」が1,000年に及ぶ歴史の中でもっとも繁栄したのは中世である。

当時、ヨーロッパ人を含み世界の人があこがれた極東の 港「堺」は旅の目的地として目指したところである。

世界の人たちの目的地であり過去も現在も変わらぬ目的地という意味を込めて 「Our Destination」 とした。

なお、世界で同じように発音してもらうために、 「Odessa」 とした。

*ラテン系の言語では2つの母音の間ではsはズと発音して、ssはスと発音するので綴りに工夫をした。

音としてはホメロスの叙事詩 Odyssea 「オデッセイヤ」にも通じている。

ギリシャの壮大は叙事詩をも凌ぐ我が町の叙事詩としてOdessa「オデッサ」堺を強く薦めたい。

1.「安心・信頼のネットワーク」の形成

←お年寄りが気楽に集まり易いのは「お寺」
先ずは「南宗寺」をベースに
(堺市民がお互い挨拶し合う街づくりに向けて)

2.「品位・品格」の形成 ←千利休の「お茶のこころ」を通じて

(堺市民がおもてなしの心を持ち、マナー・ルールを守り高め合う街づくりに向けて)

○当会推進のモットー

① 人の輪を広げ、人を巻き込む

② 決して一人では推進しない(←推進者1人では継続しない)

③ 急がず・焦らず・諦めない

④小さな成功の積み重ね(プロセスも楽しもう)

「ちくちく」とは ⇒ パッチワークをイメージした言葉

・・・こつこつ、ちくちくと

(忍耐・根気・焦らず・楽しく・日々向上・仲間づくり)

⇒堺で最も著名な「南宗寺」境内に南宗寺を建立した「三好長慶」銅像を建立したことにより、歴史的観光立国「堺」企ての一助とする

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